6.12/2023_C.ノーラン『メメント』評論

 

因果関係の説明は、通常、〈原因→結果〉の順番でおこなわれる。

これは時系列の順に等しい。

 

しかしミステリ作品(小説、映画など)においては、この順序は逆転する。

まず結果が登場し、次に原因が登場する。

 

ここで、次の対応関係に注意されたい。

結果=謎 原因=真相

 

ミステリ作品は主として、謎を解明する過程を描く。つまり、すでに発生してしまった出来事について、その原因を探求する。

物語が終盤に近づくと、探偵/主人公は、証拠に基づき、事件が発生する過程を時系列順に説明する。すなわち、初めに述べたような、「原因→結果」の順序で説明する。(種明かし)

 

一般的に、捜査過程の時制は〈現在〉である。

一方で、集めた証拠に基づいて、種明かしが行われる時、事件発生の過程は、時制が〈過去〉のものとして語られる。

 

このように、説明の対象となる因果関係の時制が〈過去〉であるとき、物語はしばしば、回想やセリフという形式を取る。あくまで、主人公の探偵らの現在を基準にして、登場人物の回想やセリフという形式によって因果関係が語られるのである。

 

このように、現在形からはずれてしまう因果関係を、現在形で描きたいというのがクリストファー・ノーランの『メメント』という試みである。

メメント』は、時系列の因果関係を、分割し、順序を入れ替えることによって、従来通りの結果→原因という物語形式を維持しながらも原因=真相を明かすという娯楽性を保ったのである。

 

メメント』は、現在形によって提示されるシーンを、単に並び替えれば因果関係がそのまま説明される。そこに事象の前後関係、順序は存在するけれども、すべての事象は現在形として発生する。

事象の因果関係を、セリフや回想という形式で現在形の外に置くことはないのである。

 

 

フィクションにおいては開示される真相が、回想やセリフといった「現在形の外」に置かれるさいに、原因から結果までの説明が順序立てて行われないことがある。

つまり、明かされた真相どおりに事象が起こっていき結果まで至ることの(必然性・蓋然性)が担保されないのである。

真相を聞いた瞬間は、その斬新さ・鮮烈さにハッとさせられるけれども、実際にそのような原因を仮定した時に、はたしてそのような結果が得られるだろうか、非常に確率が低かったり、他に起こり得る可能性を消去しきれていなかったり、非合理であったりする。

 

ノーランは、あらかじめ、因果関係のもっともらしく確立されたことがらを、分割し、順番を逆にして提示する。

このように、①現在形の映像を撮影すること、②原因から結果までの因果関係が強固であることが、クリストファー・ノーラン映画の基盤である。

 

ー1.27のメモを改筆

 

 

【追記】イメージやコンセプト、アイデアの段階に留めることなく、「それが現実に発生したら」という思想のもとで。事実主義。

 

 

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【要旨】ミステリ作品は、娯楽性のため、「結果→原因」という順序で、因果関係を構成する事象を登場させる。しかし、時系列どおりに因果関係の再構成する作業はしばしばおざなりにされる。

そのため、因果関係の論証としては不完全で、説明不足に陥りがちであったり、時系列通りに再構成すると、その蓋然性の低さが際立ってしまったりする。

 

映像内で説明が尽くされる作品を目指し、かつ、原因から結果まで因果関係の蓋然性を高めるため、クリストファー・ノーランは「時系列通りに(並べ替える・整序する)」だけで完全な説明として成り立つ作品を完成させた。

 

単に因果関係の順序を逆転させるのではなく、前進性健忘の病理を利用し、誤謬の過程を描くことによって娯楽性も高めた。

 

これによって、結果→原因という従来からのミステリ映画の骨格を維持しながら、因果関係を再構成した時の蓋然性も高めたのである。

 

 

 

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4/8・追記メモより

6/12・改筆

 

MEMENTO(2000) が採用したのは、「現在形の貫徹」「映像内において説明を尽くす」スタイルである。

TENET(2020) はこのスタイルを、①主観的な体験 として②意識の連続性を保ったまま、中断(分割・分断)を生じさせることなく、シームレスなスタイルへと昇華させた。これによって、より「正しい」体験として映像を提供した。

ここでいう「正しい体験」とは、意識の中断を発生させずに真偽の判定を行わせることである。(?)

 

ノーランの映像製作の思想は、文筆家の思想にも近いものがある。数学的命題が真偽の判定できる文として記されるように、「事実かどうかを判定する」という考え方が根底にある。

真偽や事実にこだわりながら、映画そのものがもつ作為性。主人公を動かし、作為をなす作家。作家の姿を、主人公を駆動する正体として映像に入れ込むことで、・・・(書きかけ)

 

★「数学的命題のような文章」という思想に基づいた映画設計

→真偽の判定できる文。事実性。

 

 

TENETのUターン構造

→映像によるネタバレ。現在形として犯人を目撃することが、自分が犯人として犯行をおこなうことだった。それも時間の逆行によって。

 

Uターン構造

無知な私と、「真相を知った私」

主人公と作家

真相を知る、メタ体験

物語世界から、現実世界にいる私たちへの浮上体験

 

「映画という作為をなす私」という事実を映像に収めたい、という発想(欲望?欲求?試み?挑戦?)